望みを明確にする
- 2013.06.29 Saturday
- おもい
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- by 白樺整体院
ここのところ何人かのお客さまから、
「なんで、整体をするようになったのか?」
「なんで、こんな(変わった)人になったのか?」
というような質問をされることがよくあったので、
今日は私の略歴をまとめてみました。
昨年『マイ奈良』に提出した原稿を加筆修正したものです。
人の経歴って、
偉人や成功者のものでもない限りそんなに参考にはなりませんから、
興味がある方だけ読んでみてください。
1973年 京都府生まれ。
中学校入学時に、兵庫県へ引っ越す。
1996年3月 某大学の商経学部経営学科を卒業。
1996年4月 大阪市にあるA社に入社。営業部に配属されました。
2000年12月 同じ会社に勤めていた妻と結婚。
2001年頃から、会社でも重要なクライアントの担当を任され、
大きな仕事をさせていただくようになりました。
それにつれて給与も上がり、豊かな暮らしもさせていただきました。
しかし、クライアントとの「人と人との繋がり」は徐々に薄れていき、
単に価格だけが重視されるようになっていきます。
2006年6月 年々強くなるストレスで、
頭痛や不眠などの変調を来たし、退社を決意。
退社の明確な理由は無く、
「とにかく辞めさせてください」みたいな感じ。
先のことは何も考えていませんでした。
2006年冬 奈良のカイロプラクティック院で勉強を始める(1年後に終了)
2006年12月 A社を退社。
2007年1月〜8月 迷いの日々。
人生ってなんだろう?
人はなんの為に生きているのだろう?
死んだらどうなるのか?
そんな思いで、精神世界、体、食についての本を読みあさる。
この時期に、モノの見方や死生観が大きく変わりました。
人を癒す人間になりたいと強く思うようになり、
カイロプラクティックでの独立開業も考えましたが、
当時は知識も経験もほとんどゼロ。
到底無理とあきらめました。
やがて、妻の収入だけに頼ってばかりはいられなくなり、
再び就職することを決意。
2007年9月 A社に勤めていた時の後輩からの誘いで、
東大阪市にあるB社に入社。
2008年5月 静岡県にあるエコビレッジへ1泊2日の体験宿泊。
そこは、血縁を越えた老若男女約50名(現在は80名以上)が、
農業を中心に自給自足で暮らすコミュニティー。
そこの影響で、農的な生活や
地球に優しい暮らしにあこがれるようになりました。
同年7月に自然農塾に入塾(1年後に退塾)
この頃から農業を生業に自給自足の生活をしていこうと思うようになり、
B社を辞めることを決意。
2008年9〜12月 奈良の整体院の講座で整体を学ぶ。
カイロプラクティックはリスクが高いので、
整体で体のことを学び直そうと考えてのことでした。
しかし、講座を学び終えても人に施術をするまでの自信は持てませんでした。
2008年12月 B社を退社。
この時の退社理由は「農業をやりたいから」。
半農半整体(農業がメイン)で食べていこう。
農業のことを何も知らないのに、漠然とそう考えていました。
2009年1月 農業の知識も経験も無いので、
とりあえず農業法人に就職しようと色々探しましたが、
全く扉が開きませんでした。
再び迷いの中へ。
だったら、農業は趣味にして整体関係で食べていこう。
そう決意して、ハローワークで治療院を探し面接を受け始めます。
こっちの扉はサクサク開きました。
今思えば、農業は向いてなかったんですね〜。
尼崎市の整骨院に採用され、アルバイトを始めました。
「ここでしばらく経験を積もう」と思いましたが、
保険治療は私がやりたかった施術ではありませんでした。
2009年7月 続けることに意味を感じなくなり、
整骨院のアルバイトを半年で辞める。
それからはほぼ毎週、講座を受けた奈良の整体院へ施術見学に通い、
一から整体の勉強をし直す日々。
ここで、整体を仕事にする自信がつきました。
2009年8月 尼崎市で、出張整体「白樺整体院」を開業。
しかし、仕事の依頼は少なく、生活は妻の収入が頼り。
この間も奈良の整体院へ勉強や施術見学に通う。
奈良へ通う内に、奈良で開業することを考え始め、
町家のような物件を探すようになる。
何社も不動産屋を回った挙げ句、11月にやっと今の家が見付かる。
2009年12月 奈良へ引っ越し。
奈良で白樺整体院をオープン。
現在に至る。
<今の仕事に就くまでの経緯など>
私は大学時代から腰痛があり、
就職してからも酷く痛むことがありました。
当時勤めていたA社の近くにある整形外科や接骨院などに通っていましたが、
なんとなくマシになる程度で大きな改善はなく、
「こんなもんかなぁ」と、だましだましやっていました。
ある時、妻の知り合いから奈良のカイロプラクティック院を紹介され、
試しに行ってみると驚くほど楽になりました。
今までの治療は何だったんだ?というくらいビックリしました。
それからは数ヶ月に1回、痛んだ時に行って治してもらっていました。
自分の腕一つで食っていく。
心底人に喜んでもらえる仕事。
「これは凄いなぁ、こんな仕事が出来たらいいなぁ」と、強くあこがれました。
2006年冬。
奈良のカイロプラクティック院の先生が
カイロプラクター養成講座を実施することを知り、申し込むことに。
1年間学びましたが、開業しようという自信には繋がりませんでした。
2007年。A社を辞めた後の迷いの日々の中で、
スピリチュアルなものにとても興味を持ちました。
手を当てるだけで人を癒す「ヒーラー」と呼ばれる人と会ったり、
エネルギーワークを学んだり。
「気」という目に見えない世界を実感するようになりました。
2008年に奈良の整体院の先生と出会い、
開業への糸口がつかめました。
その後、様々なセミナーや講座などで
色んな手技や考え方を学び、今に至ります。
<整体の道をめざす決意、準備など>
2009年7月に整骨院でのアルバイトを辞め、
奈良の整体院へ施術見学に通い出してすぐに開業を決意しました。
「採算が取れるかどうか」ではなくて、
「自分が自信を持って人に施術を出来るかどうか」という意味での決意でした。
収入の面では、会社員をしている妻にとても助けられました。
妻に支えられて、今の充実している自分があると思います。
講座を受けた、カイロプラクティック院も、整体院も奈良。
奈良へ引っ越そうと思ったのは、
奈良にとてもご縁を感じたからでした。
そして、町家のような純和風の家に住んで、
そこで整体をしようと思うようになりました。
自宅兼整体院なので、
特に開業準備というものはありませんでしたが、
気に入る家が全然出て来なかったので、
物件探しにはとても苦労しました。
やっと出てきた今の家は、一発で気に入りました。
<白樺の意味>
2007年、「シルバーバーチの霊訓」という本に出会いました。
僕の人生観を大きく変えてくれた本です。
「シルバーバーチ」を和訳すると「白樺」。
そこから白樺整体院にしました。
<整体に関する考え方や、メッセージなど>
整体をするのは私なんですが、
「治そう(直そう)」としては駄目なんだと思っています。
体を変えるのはお客さま自身。
一番大切なのは、お客さまの体の中にある「治る力」を信じること。
技術は二の次で、私はその力が働きやすいようにお手伝いをするだけ。
私自身2007年から玄米食を始め、
2008年から肉食をやめました。
食を変えて、心も体も少しずつ変わって来ました。
ただ体を整えるだけじゃなくて、
そういう食べ物の話や、
心の話なんかもしていければいいなぁと思っています。
体だけじゃなくて、心にも届くような、
そんな施術をしようと思っています。
最終的には、ちょっと触って、
あとは対話するだけで楽になってもらえるような、
そんな施術が理想です。
1時間ぐらいお客さんと喋って、
「で、今、肩こりはどうですか?」
「あれ!! 治ってる!?」
みたいな感じになればいいですね。
以上が私のおおまかな経歴です。
長文に最後までお付き合いくださってありがとうございました。