感じる力、愛する力

前回の記事の続きです。

 

今日は、『あなたが「宇宙のパワー」を手に入れる瞬間』より、

ディーパック・チョプラさんの言葉をご紹介します。

 

 

 

 今度、あなたが決断をする必要があるときは、

 知性で理解しようとせずに、あなたの体の感覚で

 心地良いか悪いかに注意を向けてみましょう。

 

 そして、直感的な感覚に従っていくのです。

 

 

 知性で理解することも良いのですが、

 あなたが正しい決断をしているかどうかの

 究極のテストにはならないことがほとんどです。

 

 

 選択をする前に、体に聞いてみましょう。

 

 

 「これについてどう感じる?」

 

 

 もしあなたの体が心地良さと

 熱意のシグナルを送ってきたら、それを進めましょう。

 

 もしあなたの体が、身体的あるいは感情的に

 苦しいようなシグナルを送ってきたら、気をつけて。

 

 

 あなたが何かをするときに、

 あなたの体が心地良く感じるのであれば

 それは正しい決断です。

 

 もし体が不快に感じるようであれば、

 それはやるべきでないことなのです。

 

 

 あなたが宇宙のリズムの調和から離れてしまっているとき、

 あなたが受け取る感覚は、身体的であれ、心理的であれ、

 感情的であれ、不快な感覚です。

 

 

 あなたが宇宙と調和して流れに乗っているとき、

 あなたが感じるのは心地良さ、気楽さ、そして喜びです。

 

 

 

 

 

そういえば、『アミ小さな宇宙人』の中で、

宇宙人アミはこう言っていました。

 

 

 

 「好きということはひとつの愛のかたちだ。

  愛がなければ楽しみはない。
  意識がなくてもおなじことだ。

  思考は人間のもっている可能性の中で、
  三番目に位置する。

  第一位は愛が占める・・・

  われわれはすべてを愛するよう心がけている。
  愛を持って生きるほうが、
  ずっと楽しく生きられるんだよ。

  きみは月が好きではなかったね。
  でも、ぼくは好きだ。

  だから、きみよりよけいに楽しんでいるし、
  より幸せなんだよ」

 

 

 

アミが言うには「愛」の次にくるのが、

「意識(感じることや気づき)」だそうです。

 

 

 

 

身体の声を聴く。

 

フィーリングを信じる。

 

そして、自分の中にある

自分だけの「好き」という感覚を大切にする。

 

 

そういう癖をつけていると、

だんだんと感覚のアンテナが鋭くなるし、

 

思考で「ああだこうだ」とこねくりまわすよりも先に、

もう自分の中で答えが出ていることに気づけたりもします。

 

 

 

 

思えば、私たちは子どもの頃からずっと、

「思考の力」を伸ばそうと努めてきました。

 

それは大人になった今でも続いています。

 

でも、それよりも先に、

「感じる力」や「愛する力」の方を伸ばせば、

「思考の力」は勝手に発展していくんじゃないかと思うんですね。

 

 

そう思って、今日も長々と書いてみました。

 

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 

 


フィーリングを信じるゲーム

 

「オーリング(テスト)の精度を上げるには、

 どうしたらいいと思いますか?」

 

 

少し前、あるお客さまから質問されました。

 

 

「オーリングの精度が上がったら、

 その時の自分に合う食べ物や健康食品や

 薬なんかを選ぶ時にも便利だし・・・」

 

 

「確かにそうですね。

 でも私・・・オーリング、しないんです(笑)」

 

 

 

 

この仕事を始めてすぐの頃は、

オーリングテストや筋反射テストを学んだこともありました。

 

 

そういうもので、例えば、来られたお客さまの不調の原因や、

その方に今必要な施術方法を的確に知ることができたら・・・。

 

 

そう思って、結構高額なセミナーに行ったこともあるんですが、

あまり身に付かなかった。

 

実際にやってみて、しっくりこなかったんです。

 

 

 

 

それから何年も経って、今の私が採用している方法は、

ただ「感じること」です。

 

施術でもプライベートでも、

「今、どんな感じがするかな?」を感じて、

その感覚を基準に物事を選択したり決めたりしています。

 

 

 

 

例えば、キャベツを買う時なら・・・。

 

 

野菜売り場に沢山並んだキャベツ全体をぼんやり眺めて、

「どのキャベツに目が惹かれるか?」を感じる。

 

次に、目が惹かれたキャベツを実際に手に持った時、

「いい感じ」がするか?

 

もしもそれがイマイチだと感じたり、

「よくわからない」などの迷いが出た時は、

また全体像に戻って惹かれるキャベツがあるかを再び感じる。

 

2回目に惹かれたキャベツと最初のキャベツを両手に持ってみて、

どちらが「いい感じ」がするかをまた感じてみる。

 

そして、「いい感じ」がした方のキャベツを

買い物かごに入れる。

 

 

加工食品の場合は、

パッケージの裏に書いてある原材料も見た上で、

更に「感じて」から決めます。

 

 

時には失敗もありますが、

ゲームだと思って楽しんでやっています(笑)

 

 

もちろん、オーリングや筋反射や

ペンデュラムなどの方法が心にしっくりくる方は、

それで決めるのが一番だと思います。

 

 

 

 

ちなみに、私が感じる「いい感じ」は・・・

 

呼吸がしやすい、胸のあたりが楽になる、肩の力みが抜ける、

自然に笑みが出る、明るく見える(感じる)、立ちやすい、

身体の軸が通る、いい香りやいい音がする・・・などなど。

 

 

最初はよくわからなくても、

段々と自分が感じている「いい感じ」がわかるようになります。

 

 

自転車に乗れるようになるのと一緒で、

「いい感じ」がわかるようになると、

自分の感覚を信じるのが当たり前になっていきます。

 

 

そして、日々そんなことをやっていると、

感覚の精度も自然に上がります。

 

 

 

 

「フィーリングを信じるゲーム」

 

 

気が向いた方はやってみてください。

 

 

 

 


理想

※少し長い記事です。見えない世界や、

 心のことに興味がある方は読んでみてください。

 

 

 自分が王になるまで

 王の苦しみはけっしてわからない。

 

 そして、王は召使いになるまで

 自分の召使いの謙虚さをけっして知ることはない。

 

 また、信心深い女は、妾の立場になるまで

 妾の苦労はわからない。

 

 そして、妾の立場にある女は、信心深い女になるまで

 その価値判断を知ることはない。

 

 したがって、美徳にあふれた人生への道は、

 あらゆるものを内包するものなのだ。

 

 それは、人間の意識の中で創造されたあらゆる性質、

 あらゆる状況の幻を内包している。

 

 これこそが、最も賢く、最も高貴な存在たちが、

 人類の冒険が創り出したすべての状況を生きている理由である。

 

 彼らは売春婦であり、聖職者であった。

 彼らは、グルであり農民であり、殺人者であり殺された者であり、

 征服者であり征服された者であり、子どもであり親であったのだ。

 

 

 あなたにもわかるはずだが、あなたが他人を非難するのは、

 自分の中の受け容れることのできない側面を

 他人の中に見つけるからにすぎない。

 

 もしあなたがすべての状況をすでに生き、

 そのすべてを安らかに受け容れることができているならば、

 

 あらゆる人間を理解し、価値判断なしに

 彼らをそのままでいさせてあげるのは簡単なことである。

 

 なぜなら、あなたはすでに彼らになったことがあり、

 彼らに価値判断を下せば、自分自身に

 価値判断を下していることになるのを知っているからだ。

 

 そのとき、あなたは

 真の思いやりという美徳を得たのであり、

 深い愛があなたの魂の中に存在するのである。

 

 そのときあなたは、まさにひとりのキリストだ。

 

 なぜならあなたは、さまざまな制限の中にいる

 愛すべき兄弟たちを、理解し、愛し、許すことになるからだ。

 

 

 

 

 「父」のすべてをそのまま愛する、

 そのすべてになるということは、

 「父」であるものすべてを愛することだ。

 

 そして、「父」であるものすべてとは、

 あなたのまわりにいる愛すべき兄弟たちのことである。

 

 どのように見えようと、

 あなたが自分の現実の中で神であるように、

 彼らもまた彼らの現実の中で神なのである。

 

 そして、彼らの栄光、彼らの奮闘、

 彼らの悲しみと喜びをあなたがすべて生きたとき、

 

 あなたはすべての人々の中に見える神を

 抱き容れることができるのだ。

 

 そのとき、あなたは彼らを愛することができる。

 

 それは、世に出て彼らに教えなければならないとか、

 彼らを救わなければならないということではない。

 

 ただ単に、彼らをそのままにしておき、

 彼らの必要性と意図にしたがって進化させてあげるのだ。

 

 自分の運命が将軍になることであったり、

 聖職者になることであったり、

 商人になることである者たちもいる。

 

 なぜなら、それが彼らにとって必要なことであり、

 彼らがしたいことだからだ。

 

 彼らからそれを、どうして奪い取ることができようか?

 

 

 この世界にいるあらゆる者は、

 植えていようと、体に障害があろうと、

 農民であろうと、王であろうと、

 

 その体験から何かを得るために、

 自分の体験を選んだのだ。

 

 その体験から学び、そこから充分に得てはじめて、

 さらに別の体験へと進んでいくのであり、

 

 その別の体験は、自分の中の中核にある自己に

 さらに偉大な理解をもたらしてくれるのである。

 

 

 

 

 あなたがひとりのマスターとなるとき、

 制限された意識の暗闇と泥沼の中に脚を踏み入れながらも、

 あなたは自分の全体性を維持することができる。

 

 なぜなら、あなたは世にあふれる大衆のことを理解しており、

 彼らがなぜそういう状態なのかを理解しているからだ。

 

 それは、あなたもかつてはそうだったからである。

 

 あなたは彼らに、

 制限された状態でいる自由を許すわけだが、

 これこそが本当の愛である。

 

 なぜなら、そうすることが、彼らが制限のない理解を持ち、

 互いに愛し合うことを学ぶことができる

 ただひとつの道であることをあなたは知っているからだ。

 

 互いに愛し合うとは、

 もちろん自分自身を完全に愛することである。

 

 そして、あなたが群衆の中のひとつの顔を見るとき、

 その肌の色や清潔さや外見にかかわらず、

 その存在の中に神を見るのである。

 

 なぜなら、あなたがじっくりと見つめれば、

 誰の中にも神を見いだせるからだ。

 

 そのとき、あなたは「父」が愛するように愛している。

 

 そして、「父」が見るものを自分自身の中だけでなく、

 ほかのあらゆる者の中にも見るのだ。

 

 あらゆる者を見て、

 彼らの本当の美しさを見ることができたとき、

 

 あなたはこの天界から、

 たくさんの館があるさらに壮大な空間へと

 アセンドする旅路についている。

 

 だが、自分自身を完全に抱き容れ、

 自分のまわりのあらゆる生命の中に生きる神を

 抱き容れることができない者には、

 その扉は閉じたままなのだ。

 

 

 あなたが人々を神という本来の地位に戻し、

 何をしていようとも、彼らは自分の内なる神のために

 生きていることを知るとき(これは、あなたが

 自分の内なる神のために生きているのと同じだが)、

 

 あなたはすべての人々を愛することを学ぶことができる。

 

 彼らの表現がどんなものであろうと、

 これまでの存在ではじめて、

 あなたは本当の意味で彼らを愛することができるのだ。

 

 というのも、あなたの愛は

 価値判断によって制限されたり、

 抑制されたりするものではないからだ。

 

 そして、これがまさに、キリスト、

 すなわち「神として生きる人間」の内面のあり方なのである。

 

 

      ——————『ラムサ ホワイトブック』より

 

 

 

 

 

昨日はよく晴れて、桜がとても綺麗でした。

 

こういう気持ちが穏やかな時に、

道ですれ違う人の中に「神」を感じてみる。

 

 

「この人もあの人も、みんな神なんだ」

 

 

公園に座って桜を眺めている人、立ち話をしている女性たち、

杖をついて歩いている人、色んな国の人たち、

自転車に乗る学生、スーパーの店員さん、木や花・・・。

 

 

「みんな、それぞれの表現をしている神なんだ」

 

 

そう思っていつもの道を歩いたら、

心が静かに満たされました。

 

 

 

 

 

 「父」とは愛である。そして「父」は審判を下さない。

 

 「父」は善悪を持っていない。プラスもマイナスも持っていない。

 

 「父」はただ存在する「在ること」である。

 

 

 そしてその「在ること」は、

 すべての人々、すべての行為、すべての思考、

 すべての感情、すべての物を内包している。

 

 

 もし「父」があなたに審判を下すようなことがあれば、

 「父」は間違いなく自分自身に対して審判を下していることになる。

 

 

 なぜなら、あなたと「父」はひとつであり、

 同じものだからだ。

 

 

 

善悪や決めつけなどの制限された目で誰かを見ることは、

自分の中の「神」を制限することになる。

 

 

「この人は今、こういう表現をしている神なんだ」

 

 

日常には心が乱れることも多々ありますが、

できるだけ制限の無いクリアな目で、

人や物事を見ようと思いました。

 

 

 

 

それが今の私の理想です。

 

 


ネガティブになった時はどうすればいいか?

 

「気持ちがネガティブになった時、

 そこから早く抜け出すいい方法ってありますか?」

 

 

少し前にこういう質問を受けました。

 

 

このブログでもよく書いていますが、

ネガティブになった時にまず大切なのは、

急いでそこから抜け出そうとしないことだと思います。

 

 

「早く冷静にならなきゃ。

 ポジティブな自分に戻らなければ!」

 

 

こういう時の気分って「焦り」です。

 

 

それでなくても気分がネガティブになっているのに、

そこに「焦り」をプラスしたらもう、

火に油を注いでいるのと同じことになりますね。

 

更に、それに気づかず「焦り」が続いて、

「ネガティブなままの自分はダメだ〜」ってなったら、

「自己否定」という強力な燃料までプラスされてしまいます。

 

 

だから、まず最初にすることは、

ネガティブな自分をひたすら受け容れる続ける。

 

 

「腹が立って当たり前。あいつ嫌いで当たり前。

 落ち込んで当然。悲しんで当たり前。

  

 ネガティブな自分でオッケー。

 今のネガティブは正常な反応だから大丈夫」

 

 

人が何と言おうと、自分だけは自分を受け容れ続ける。

 

それを踏まえた上で、

ネガティブになった原因や問題は置いといて、

自分のお気に入りの何かで気分を変える。

 

 

くれぐれも早く目的地(いい気分)へ着こうとしないことです。

最初に言った通り、また「焦り」が生まれますから。

 

 

でも、早くポジティブになろうとしている自分も

「焦るのは当然だ」と受け容れ続ける。

 

 

「好きなDVD観てるのに、全然気分が晴れへんやん!」

 

 

という自分も「あんなことがあったら仕方ないで」と受け容れ続ける。

 

 

・・・と、私の回答はいつもこんな感じですが、

今日は「ネガティブとポジティブ」について

ディーパック・チョプラさんの言葉をご紹介したいと思います。

 

 

以前にも何度かご紹介した本、

あなたが「宇宙のパワー」を手に入れる瞬間』から。

 

 

 

 

 

 ネガティブ志向とはどんなものでしょう?

 

 それはひとつの解釈です。

 

 

 ポジティブ志向とはどんなものでしょう?

 

 それもまたひとつの解釈です。

 

 

 そしてポジティブ志向とネガティブ志向の違いは、

 時にかなり表面的なものです。

 

 もしあなたが私にポジティブな考えをもったほうが

 好ましいかどうか質問したなら、私はこう言うでしょう。

 

 

 「もちろん、ポジティブ志向は

  ネガティブ志向よりも好ましいです」

 

 

 しかし、ポジティブな心もネガティブな心も両方、

 心がかき乱された状態になり得ますし、

 時々一方が他方に非常に素早く切り替わることもあり得ます。

 

 またたく間に勇気は恐れになることがあります。

 またたく間に愛が嫉妬に変わることがあるのです。

 

 これらは心がかき乱された状態の例です。

 

 ポジティブな心よりもっと重要なものが、静かな心です。

 

 

 私たちはポジティブな心とネガティブな心の両方を超えて、

 静かで、判断しない、分析しない、解釈しない

 心になることを学ばなければなりません。

 

 言い換えると、静かな目撃者になることです。

 

 

 静かに目撃している状態にあるとき、

 私たちは内なる静寂を経験します。

 

 純粋な静寂の中にいると、私たちは自分の源と、

 すべてのものにつながっていると感じます。

 

 このつながりから生まれてくるものは、

 進化的で自然発生的という傾向や性質をもっています。

 

 

 静寂の中で、私たちはただ潮流とともに流れ、自然と

 状況や環境や他人や自分自身に対して判断せず、

 分析せず、解釈しないようになります。

 

 静寂の中で、内なるエネルギーが自然に目覚め、

 各状況において適切な変化をもたらします。

 

 

 

 

 あなたがいわゆるポジティブやネガティブな性質を

 他人に対して表現したとき、

 あなたには欠陥があるわけではなく、

 あなたは完全なのです。

 

 

 あなたが自分の影を心地よく感じるとき、

 それは無限の意識があなたをそのようにつくったからであり、

 

 影さえも愛情をもって容認するとき、

 あなたは計り知れないほど魅力的で、

 あなたの人生は冒険に満ちたものとなります。

 

 

 あなたが自分自身のあいまいさを心地よく感じるとき、

 それは自然なことであり、

 この世で自然でいることより美しいものはありません。

 

 

 あなたが自分の強みと弱みの両方を心地よく感じるとき、

 あなたからシンプルで気取らない人間性が溢れ出します。

 

 これが、人に好かれる本質で、

 それは愛を遠ざけるような態度がない状態だからです。

 

 

 このような状態でいるとき、あなたは

 

 

 「他の人は自分をどう思うかな?」

 「自分は勝っているかな、劣っているかな?」

 「自分のことを好きかな、嫌いかな?」

 

 

 という考えに捉われて、絶え間なく

 まわりの承認を求めるようなことはありません。

 

 あなたは存在しない理想と自分を比べる必要がないのです。

 

 

 「自分はまだまだ良くない。私は充分可愛くない。

  僕は充分格好良くない。自分は充分金持ちではない」

 

 

 などとあなたのエゴは言ってはいないのです。

 

 

 あなた自身の経験が対象依存的な場合、

 それは恐れに基いていて、

 あるがままの状態に抵抗しています。

 

 

 あなた自身の経験が自己完結的な場合、

 それは愛に基づき、あるがままの状態を受け入れています。

 

 

 自己完結的な人は自然で、他人の意見に影響されません。

 

 彼らは無邪気で、シンプルで、子供のようです。

 

 

 「神様、私をただ単に

  今ある状態のようにしてくれてありがとうございます。

 

  私には良いところも悪いところもあって、

  すべての物が自分の中にあります。

 

  私は完全です」

 

 

 自己受容、完全な自己受容は自分を許すことです。

 

 あなたが自分自身を許し、

 自分自身を裁くことをやめたとき、

 あなたは他人を裁くことをしなくなり、

 

 そして世界で争いごとが減っていくでしょう。

 

 

 

 

 

美しい言葉だと思いました。

 

 

こういう言葉や表現を自分の中に取り入れると、

心が豊かになりますね。

 

 

「ポジティブでもネガティブでも、どっちでもええやん。

 

 私は私やん」

 

 

そう思えたらきっと大丈夫です。

 

 

そしてまたつまずいたら、

そのことを思い出したらいいだけです。

 

 

 

最後に、私と友人のツーショットを。

 

 

私の場合は、この木と一緒にいるだけで静寂に戻れます。

 

 

 

 


乗り越えるべきですか?

 

「以前に勤めていた職場でも今の職場でも、

 似たようなタイプの苦手な人がいて・・・

 

 乗り越えなきゃいけないのにそれができていないから、

 また同じような人が目の前に現われるんだと思っていて・・・」

 

 

「これはあくまでも私の意見ですが、

 乗り越えなくてもいいと思いますよ」

 

 

「え?いいんですか?」

 

 

「はい。

 

 『やっぱり私はこういう人が苦手なんだな』って、

 自分の好みを明確にできた。

 

 それだけでいいと思います」

 

 

 

 

苦手な人の前で平気な自分を装う必要もないし、

そういう相手に認められる必要もないし

(そもそもそれは相手次第だから)、

 

嫌いな人を好きになる必要もないし、

嫌いな人に無理して「いい顔」をする必要もない。

 

 

自分が今感じている感情にウソをつくと、

この人生で何よりも大切な「自分の心」が萎みます。

 

 

苦手な人は苦手のままで大丈夫。

 

嫌いな人は嫌いのままでオッケーです。

 

 

乗り越えようとすると、

乗り越えられていない今の自分に苦しくなる。

 

 

だから、私は乗り越えなくてもいいと思います。

 

 

 

こう言う私も、苦手な人は苦手のままだし、

嫌いな人は嫌いのままです(笑)

 

 

「こいつのこういうところ、嫌いやわ〜!」

 

「クソやな」

 

 

と、正直に感じたままを感じます。

 

 

そう感じている自分を否定しないし、

相手を無理に好きになろうともしないし、

 

人に対してネガティブな感情を抱く

今の自分を乗り越えようともしません。

 

 

そのまま自分の中で感じ切るだけです。

 

(ちなみに、攻撃もしません)

 

 

 

ただし、ゲームをクリアするみたいに、

苦労して乗り越えるのを楽しみたい人は

乗り越える方を選ぶといいですね。

 

 

どっちを選ぶとホッとするか?

 

気持ちが楽になるか?

 

いい気分になるか?

 

 

いつでも「自分の心」を基準に決める。

 

 

 

 

自分の心に正直になると、この人生を生きるのが楽になりますよ。

 

 


シンクロ二シティ

 

昨日の夜のこと。

 

 

月に1回のウクレレのレッスンに向かう途中、

ふと空を見上げると、目の前の電線に沢山の鳥たち。

 

ムクドリでしょうか。

 

 

 

 

鳥たちはみんな大人しく並んで止まっているのかと思いきや、

中には押し合っているものも。

 

 

「お前、もうちょい向こう行けや!」

 

 

みたいな感じ(笑)

 

 

 

 

レンズのズームを元に戻し、

電線が真横に写るようにデジカメの角度を変えていたら、

「あれ?」っと、手が止まりました。

 

 

 

 

「これ、何かに似てるなぁ・・・

 

 あっ!ウクレレの弦!」

 

 

 

 

 

これはもう少し前の話。

 

 

いつもよりちょっと高い卵を買って食べたら、

「めっちゃうまかった!」という記事を2月の末に書きました。

 

 

ちょうどその日の夜、

兵庫県篠山市で仕事をしている友人から電話がありました。

 

彼と話すのは1年ぶりくらい。

 

最近になって軽トラを改造して焼き鳥の屋台を始めたそうで、

家でも沢山ニワトリを飼っているとのこと。

 

 

「え〜!すごいなぁ!

 じゃあ、そのニワトリを焼き鳥にするん?」

 

「いやいや、家で飼ってるニワトリは卵を産ませるだけやねん。

 いい餌食べさせてるからうまいで。

 今度五郎ちゃんにも送るわ」

 

「それは嬉しい。ありがとう!」

 

 

(数日後、友人から届いた卵は美味でした)

 

 

そして次の日の朝。

 

いつも通りEテレで『シャキーン!』などを観た後、

なんとなく朝日放送にチャンネルを変えると、

『おはよう朝日です』で篠山市の町おこし企画をやっていました。

 

 

 

こういうシンクロに出会うたび、

「人生っておもしろいなぁ」と感じます。

 

目の前の現実は何も変わっていないし、

物質的な何かを得たわけでもないのに、

「豊かだなぁ」と感じます。

 

 

「ソースとつながってるなぁ」

 

 

そう一人で満足している今日この頃です。

 

 

 

お時間と興味がある方は、

以前に書いた記事も読んでみてください。

 

 

シンクロニシティと偶然の一致

 

シンクロニシティと偶然の一致 その2

 

 


なんのために?

 

 エイブラハムと意識的につながる何年も前のこと、

 エスターは学業の合間に、

 心の病と考えられている人たちの施設で働いていた。

 

 ある朝、病院の施設内の道を歩いていると、

 ばかでかい機械に乗った何人かの患者が土の山を動かしていた。

 

 最初の日、彼らは土の山を庭の一角から別の一角に運んでいた。

 翌日、同じ土の山をさらに別の一角に運んでいた。

 

 だが、その次の日には、また最初にあった場所に戻していた。

 

 

 エスターは付き添いの一人に尋ねた。

 

 

 「彼らは何をしているの?」

 

 

 「別に何もしていません。

  ただ、彼らを忙しくさせているんです。

  彼らにすることを与えているんです」

 

 

 と付き添いは答えた。

 

 

 エスターはむなしさを噛み締めながら言った。

 

 

 「彼らの人生にだって、

  ただ土を動かすことだけ以外に、

  したいことがあるに違いないわ」

 

 

 何年後かに、彼女がその話をしてくれたとき、

 わたしたちは言った。

 

 

 「エスター、

  君の気持ちを傷つけるつもりはないけど、

 

  物質世界のすべての住人が

  ほとんどの時間やっているのはそれなんだよ。

 

  ただ、物を場所から場所へ動かしているだけなのさ」

 

 

 何かを成し遂げることや、成長することには、

 偉大な法則が働いているが、

 あなたがたはそれを理解していない。

 

 それゆえ、ほとんどの人は

 周囲の物を動かし続けることによって、

 前進しているかのような錯覚を抱く。

 

 あなたがたは地球上での生存を正当化する一手段として、

 行動したり、重労働に励んだりすることが多い。

 

 働いたり、何かをしたりしているとき、

 ほとんどの人は、「後ろ向き」に創造している。

 

 常に行動的であろうと願い、

 起こっているすべてのことが

 自分の行動の所産であると信じているのだ。

 

 

 

 

 

 

この部分をはじめて読んだ時、少しだけドキッとしました。

 

 

なぜなら、以前の私がそうだったから。

 

 

企業で働いていることや、

営業成績を上げるために何かの行動をすることや、

家族を養っていることで自分を正当化していましたし、

今でも稀にそういう思考癖が顔を出します。

 

 

「この空いた時間に、

 何か意味のある行動をしなければ・・・」

 

 

今の私の場合なら、

オステオパシーや身体についての勉強だったり、

ホームページやブログの更新だったり、

整体院新聞やお客さまへのお便りの原稿作りだったり。

 

 

そんな思考が産まれた時は、自分にこう問います。

 

 

「なんのために?」

 

 

 

 

 

 

 物質世界を観察していると、

 大半の人が「する」ことにかまけ、

 大変忙しくしているのがわかる。

 

 みんな狂ったように何かを「している」が、

 楽しんでいるようにはとても見えない。

 

 一部の者たちは成長するためや、報酬をもらうために、

 意図的に楽しみを「犠牲」にしている。

 

 実際に喜びや楽しみを得たいと思っている者もいるが、

 瞬間的にしかそれを味わえないようだ。

 

 

 普通、あなたがたは、未来のどこかで

 自分の求める満足が得られるだろうと期待する。

 

 来るべき週末、長期休暇、退職後に期待を寄せるのだ。

 

 

 「もっとお金があったら、幸せになれるだろう」

 

 「非の打ちどころのない伴侶が見つかれば、

  幸せになれるだろう」

 

 「自分にぴったりの仕事が見つかれば、

  幸せになれるだろう」

 

 

 大半の人間は楽しみや満足感を未来に期待するが、

 今、ほとんど喜びを感じられない。

 

 だが、何かを実感できるとすれば、

 今、このときしかない。

 

 

 

 

 

 

「今この瞬間」の自分の在り方を、

世間にも家族にも誰にも正当化する必要はない。

 

 

「私は今、こうしたいから、こうしている」

 

 

それだけでいい。

 

 

「なんのために?」

 

 

「私のために。私の喜びのために」

 

 

私は今日、このことを書きたいと思ったから書きました。

 

 

 

 

今日の引用は全て『引き寄せの法則の本質』より。

 

 


抵抗のない道を選ぶ その2

「抵抗のない道を選ぶ」

 

前回はオステオパシーの施術について書きました。

 

(前回の記事はこちら

 

 

今回は普段の生活について。

 

 

例えば、他人の嫌な面を見てむかついて、
むかつく面をまた見続け、

むかついたことを思い出して、

 

誰かに言ってまたむかつくのは「抵抗が生まれる道」です。

 

 

他人の嫌な面を見てむかついて、
むかつく面から目を逸らして好きなものを見て気分を変えて、

 

また腹が立ったら、また気分を変えて、
またまた腹が立ったら、またまた気分を変えて、


別の好きなことを誰かと話すのが「抵抗が生まれない道」。

 


「あいつが悪い!」

 


自分を責めるよりは、
こう言っている方が心に抵抗は生まれません。

 

でも、いつまでもそこにとどまっていると、
やがて心が苦しくなってきます。

 

 

「なんで苦しくなるのか?」

 

 

それは、私たちの本質が「愛」と「光」だからです。

 

 

 


「あいつはああいうやり方しかでけへんのやな」

 

「悪気はないのかもしれん」

 

「こっちが腹立ててるのもわからへんのやろなぁ」

 

「いつかあいつにもわかる日が来るやろ」

 

「まぁ、別にわからんでもええけどね。

 こっちはこっちで楽しいことするから」

 


・・・どれもあまり綺麗な言葉ではありませんが(笑)、
こんな感じで心の抵抗を減らす思考へと転換していくんです。

 


「そういえば、あの人、
 前に仕事で助けてくれたことあったわ」

 

「あんな人でも、探せばええとこあるんやな」

 


これは、自分の外側(現実、結果、人など)ではなく、
自分の内側(心)へと向かっていく行為です。

 

自分の内側を丁寧に感じながら、自分で自分を整える行為。

 

 

自分の内側を自分で整えることができれば、
外側のことは徐々にどうでもよくなっていきます。

 


なぜなら、私たちの一番大切なのものは「自分の心」だから。

 

 

 


「抵抗が生まれない道」を選ぶコツは、
その思考で「気分が楽になる」かどうか。

 

少しでも気分が楽になったり、

ホッとすればその道で正解です。

 

 

自分の「心」は自分にしかわかりません。

 

 

誰かの正解、誰かの正しさ、誰かの心地よさは、

その「誰か」のもの。

 

どんな成功者の言葉でも、どんな賢者の教えでも、

それはその人の「気づき」でしかありません。

 

 

だから、自分の心を自分で感じる癖をつける。

 

自分の心を自分でちゃんと感じて、

いつも心に抵抗のない道を選び続ける。

 

 

そうすると、心が自由になります。

 

心が自由になると、人生が自分のものになります。

 

 

この感覚はあくまでも私の気づきです。

 

 

興味を持たれた方は、今から自分の心を感じ続けて、

心を大切に生きてみてください。

 

 

そうすると、あなただけの気づきが必ず生まれますよ。

 

 


9年周期と個人年

私たちの人生には、9年の周期があると言われています。

 

9年の周期の中で人生が移り変り、

また次の周期で移り変り、また次の周期で・・・と、

このサイクルは人生が終わるまで続いていきます。

 

個人年とは、自分が9年周期の何年目にいるのかを示す数字。

 

個人年の数字から、

その1年(1月1日から12月31日まで)のテーマが見えてきます。

 

個人年は、現在(もしくは自分が調べたい年)の西暦と、

自分が生まれた月日を一桁になるまで足すと分かります。

 

例えば、9月17日生まれの私が、今年(2019年)の個人年が

1〜9のどの数字なのかを調べる場合には、こういう計算になります。

 

 

 2+0+1+9+9+1+7=29

 

 →2+9=11

 

 →1+1=

 

 

これで、2019年の私の個人年は「2」ということがわかりました。

9年周期の2年目は「辛抱強く成長を待つ年」です。

 

 

個人年1〜9の数字が示す意味を以下にご紹介します。

 

 

ご自分の個人年を計算してから、

当てはまる数字の内容を読んでみてください。

 

興味を持たれた方は、今年の数字だけでなく、

過去の個人年を振り返ってみてもおもしろいですよ。

 

 

もちろん、こういう考え方に縛られる必要はありません。

 

内容を読んでみて、

なんとなくでも抵抗感や違和感を覚えた方は、

その時の自分の感覚が正解です。

 

「こういう見方もあるんだな」

ぐらいの受け取り方でいいと思います。

 

 

 

 

数秘術 マスター・キット』(ナチュラルスピリット刊)より抜粋。

 

※9年周期については数年前にも書いたのですが、

 その時にご紹介したものよりも、

 この本の内容の方が具体的で理解しやすいと思います。

 

 

 

 個人年1

 

 個人年1の年は、方向を変えたいという衝動に駆られます。

 

 何かやりたいのに我慢していたことがあるなら、

 恐れず実行しましょう。

 

 また1の年は計画を立てたり、

 新たな活動を始めるのにも、とても良い時です。

 

 ほしいものをリストアップして(ただし妥協する心の準備もして)、

 人に会いに出かけましょう。

 

 今年は新たな9年サイクルの始まりの年。

 未来に目を向けましょう。

 

 心の底からわくわくするような

 価値あるプロジェクトを選びましょう。

 

 今年はとにかく、とことん正直にオープンになるべき時。

 

 決断力を行使する機会も何度かやってくるはずです。

 

 

 個人年2

 

 個人年2の年はゆっくりと成長する時。

 

 自分の思いを無理に貫く時ではありません。

 

 パートナーと組み、周囲と協調し、穏やかに妥協するほうが、

 何事もずっとスムーズに運びます。

 

 今年は、昨年立てた計画を細部にわたって検討し、

 必要なものをリストアップしましょう。

 

 2の年は統合の年、

 人生に新たな側面を付け加える年です。

 

 事態の展開が阻まれたり、長引きそうになっても、

 心配しないようにしましょう。

 

 たとえ環境や人のせいでペースが遅れても、

 2の年にあせりは禁物です。

 

 

 個人年3

 

 個人年3の年は、決まりきった暮らし方、

 考え方から抜け出す時。

 

 自分らしさを表現する方法を探して、

 それを楽しみましょう。

 

 3の年がもたらす影響力をうまく利用すれば、

 今年は光り輝く年になるはずです。

 

 ただしあれこれ手を広げすぎたり、

 お金を使い果たしてしまわないように気をつけましょう。

 

 3の年は「馬鹿げたアイデア」が次々湧いてきます。

 

 今年のあなたはいつになくインスピレーションに満ち、

 高まりすぎた想像力のせいで

 落ち着かない気分を味わうでしょう。

 

 クリエイティブなエネルギーに満ちた

 この1年を有効活用しましょう。

 

 来年は4の年を迎え、

 あなたはせっせと働くことになります。

 

 

 個人年4

 

 個人年4の年は、安定がキーワード。

 

 目標を定め、短期的な計画を立て、

 目に見える成果を出していきましょう。

 

 将来のための基礎固めをしましょう。

 

 今年のあなたは、責任を担い、

 物事を最後までやり通したいと思うはず。

 

 この1年は事実を把握し、

 リスクは冒さないことが大切です。

 

 空想にふける時間を減らし、

 修理修復のための時間をつくりましょう。

 

 とはいえ、4の年が制約だらけの

 深刻な年というわけではありません。

 

 多くの問題に取り組むことにはなるでしょうが、

 最終的にあなたは達成感に満たされるはずです。

 

 

 個人年5

 

 個人年5の年は変化の年。

 

 9年サイクルのちょうど中間地点にいるあなたのもとに、

 今年、それも特に5月と9月に、

 びっくりするようなものが届くでしょう。

 

 柔軟になりましょう。

 

 好奇心に従って動きましょう。

 

 5の年は行動の年です。

 

 制約だらけの昨年がようやく終わり、

 あなたは今、落ち着かない気分を味わっているかもしれません。

 

 衝動的に動かないように気をつけて、

 ゆとりを持って行動しましょう。

 

 今年のあなたは新しいエネルギーに満ちあふれているので、

 放っておいても新しい仕事が舞い込んでくるはず。

 

 

 個人年6

 

 個人年6の年は、あなたは普段にも増して

 みずからの責任と義務に気づかされるでしょう。

 

 6の年は、調和した雰囲気をつくり出す機会をあなたに与えます。

 

 6の年はあなたを育て、試す影響力が働きます。

 

 言い換えれば、自分に与えられたものを、

 誰かに「お返し」することを求められる年なのです。

 

 衝動的で短気な行動や、自己中心的な態度を慎み、

 寛大に人を許しましょう。

 

 そして自分自身を成長させ、

 成熟させることを目指しましょう。

 

 

 個人年7

 

 個人年7の年に、あなたはあらゆるものを評価し直し、

 価値観をシフトさせる時を迎えます。

 

 9年サイクルの流れのなかで、今年はいったん歩みを止め、

 これまでの7年間を振り返り、分析し、統合する年なのです。

 

 何かうまくいかないことがあれば、

 少しそこから離れて観察しましょう。

 

 成長したあなたに合わなくなったのは誰でしょう?

 

 今年、大切にしていた何かを手放すことを促されますが、

 ここで手放したものは時が来ればまたあなたのもとに戻ってきます。

 

 多くを求められる6の年と8の年の間に挟まるこの7の年は、

 あなたの内側の一番大切なものに気づかせてくれる年。

 

 何が起きても、あなたは最善の結果を手にすることになるでしょう。

 

 

 個人年8

 

 全てがスローだった7の年が終わり、

 個人年8の年を迎えた途端、

 あなたの中に野心がむくむくと湧いてきます。

 

 今年は自分の強さを感じながら、

 多くの課題にすすんで取り組み、

 大きな決断を下していくでしょう。

 

 8の年は、9年サイクルのうちで達成の年。

 

 そしてそのための努力が求められる年です。

 

 あなた自身、いつも以上に自信と調和を感じ、

 進むべき方向をしっかりと自覚できるでしょう。

 

 この1年はいわば卒業試験のようなもの。

 さまざまな形で試され、評価されることになるでしょう。

 

 

 個人年9

 

 個人年9の年は、

 9年サイクルが完了する年であり、成就と完成の年です。

 

 さまざまな出来事が仕事、結婚、ライフスタイルに

 突然の変化を引き起こすと同時に、

 「学び終えた」という感覚をもたらすことでしょう。

 

 古くなったものは手放しましょう。

 

 あなたのエネルギーを奪う人物から離れて、

 今のあなたにぴったり合う人たちが

 入り込むスペースをつくりましょう。

 

 たんすや押し入れの中を整理しましょう。

 

 寛容になって、正しい目で物事を見るように努めましょう。

 

 干渉ではなく共存を目指しましょう。

 

 そして許しましょう。

 

 今年はけちけちしたり、

 うるさく小言をいったり、

 落ち込む時ではありません。

 

 すぐそこに良いことが待ち受けています!

 

 

 

抜粋は以上です。

 

内容が心に響いた方や気になった方は、

本書を手に取って全文を読んでみてください。

 

 


多様性を受け容れる

夫婦、親子、兄弟、姉妹、パートナー、友人など、

自分と身近な人と自分の価値観は必ずしも同じではないし、

同じである必要もありません。

 

 

自分とどんなに近い関係にある人でも、

モノの見方はそれぞれに違っていて当たり前。

 

好みも違っていて当たり前。

 

価値判断も違っていて当たり前。

 

 

「長く一緒にいるんだから、

 自分と同じように感じなければおかしい」

 

「なんで家族なのに違うんだろう?」

 

「親子なのに?兄弟・姉妹なのに?」

 

「長く一緒にいる夫婦なのになぜ?」

 

「恋人なのになんでわかり合えないの?」

 

 

そんな風に思うから苦しくなる。

 

 

どんな関係性であっても、

自分とその誰かの気持ちは常に同じではない。

 

 

この当たり前のことを「今」受け容れるだけで、

心は鳥のように自由になります。

 

 

 

 

この世は多様性の海。

 

 

その海を楽しみながら泳ぐために、

私たちは生まれてきたんだと思います。

 

 


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